ウイニングポスト8 2016 4周目 プレイ日記11
2007年~2010年の4年間のプレイ日記となります。
2010年にガリレオ系が確立!
確立時の成績です。
僅か10年足らずで圧倒的な産駒成績での確立となりました。
流石はスーパーサイアー、素晴らしい仔だしでした。
しかし、これが仇となり、ニックス相手の系統がなんと・・・。
ダマスカス系が選ばれず!!w
ブランドフォード系が選ばれてしまっています(ヘイロー系とダンテ系は引き継ぎ)。
失敗!w
この経緯を書きますと、前回記事でも述べた通り、ダマスカス系繁殖牝馬が貧弱であったため、重賞勝ち馬を出すのに苦労していました。
一方、エーピーインディ系、テスコボーイ系からは次々と重賞勝ち牡馬・牝馬が飛び出してくるため、ダマスカス系がニックス相手系統候補になる前にガリレオが系統確立する恐れがありました。
そこで、ダマスカス系牝馬から重賞勝ち牡馬が最低2頭種牡馬入りするまで、エーピーインディ系、テスコボーイ系牝馬から出た種牡馬候補たちは長期放牧するなどして、種牡馬入りを遅らせていました。
そして、ダマスカス系牝馬からの重賞勝ち牡馬2頭目の種牡馬入り直前、満を持して各馬を引退させ、一気にガリレオ系確立とニックス関係成立を狙ったのです。
が、今回のプレイが簡単であるという先入観からの油断か、ガリレオがスーパーサイアーであるが故の史実馬見逃しというべきか、何と同時のタイミングで欧州でブランドフォード系牝馬からの種牡馬2頭目(史実馬・ソルジャーオブフォーチュン)も繁殖入りしてしまったのでした。
ダマスカス系牝馬からの重賞勝ち種牡馬2頭、ブランドフォード系牝馬からの重賞勝ち種牡馬2頭ということで、条件は互角(繁殖牝馬にはお互いに同配合の重賞勝ち馬がおらず)のはずでしたが、勝った重賞の格などで上回られたのか(ソルジャーオブフォーチュンは愛ダービー、キングジョージ勝ちなど)、ブランドフォード系がニックス相手に選ばれてしまいました。
このタイミングでの強力な史実馬の種牡馬入りを情報として完全に逃していたので、痛いミスとなってしまいました。
あと1年、大量引退のタイミングをずらせば、ダマスカス系牝馬からの重賞勝ち種牡馬を3頭にすることは出来たので、最も不味いタイミングで確立を狙ってしまったということになります。
とはいえ、今後、ダマスカス系×ガリレオ系の配合から重賞勝ち馬を輩出し続ければ、ニックス関係になるはずなので、プレイの面倒さは増えましたが、〆配合自体には影響ありません。
しかしながら、だれてしまっていた今回のプレイに、冷や水を浴びせられた思いです。
緊張感が無いとこうなってしまいますね。
さて、気を取り直して、続いては最後の系統確立となるディープインパクトの状況。
こちらも次々と活躍馬を出してくれています。
なお、個人的な趣味のエディットで成長型を早めにしてあるのですが、スタミナが豊富なためか、成長型遅め~晩成の産駒が非常に多い印象です。
超長距離の牝馬も多いので、フランケルとの配合時にうまくスタミナを補完してもらいたいところです。
そのフランケルも2009年にしっかり購入。
現在走らせていますが、マイルならほぼ無敵ですね。
2010年にはダビルシムを購入。
こちらは〆配合実施地域である欧州でのサンデーサイレンス系支配率向上を阻止するための購入です。
ちなみに、同年、米国でGⅠを勝てる見込みのあるハットトリック産駒が購入できますが、こちらは米で種牡馬入りしても〆配合の邪魔にはならないので、無視できます。
今回のプレイも終盤に差し掛かったところで、思わぬ落とし穴にはまってしまいましたが、リカバリーはできます。
後はディープインパクト系の確立(もちろんガリレオ系とのニックスも成立させつつ)を待つのみとなりました。
最後に、私のプレイの中で、高速逃げが初めて調教で身に付いたので、これをご紹介w
直一気ばっかりなので、高速逃げは付かないのかなと思っていましたが、ちゃんと付くんですね。
さてさて、次回はディープインパクト系が確立したところまで進めて更新としたいと思います。
それではまた!
ディスカッション
コメント一覧
更新お疲れ様です。*\(^o^)/*
やはり油断していると落とし穴が待っていますね。(-_-;)
私事ながら、やっとでテイオー産駒も起動に乗りルドルフもほぼ確立出来る所まで来ました。*\(^o^)/*
サードステージ側のストームキャットやBTもある程度確立するメドが付きました。(数年飛ばしてみたら勝手に確立してました。)
〆母系はまだ全くの状態ですが、マキャヴェリアンの確立も当たり前ですが、牝馬の生産も頑張って行こうと思っています。
初めまして。イチローといいます。
ウイポ初プレイです。
ドステさんのサイト更新を毎回楽しみにしています。
テスコボーイを子系統確立させ、これにダマスカスを付けて優秀な牝馬の生産に取り組んでいますが、中々後継牝馬が生まれません。
最終目標は、〆父にエンドスイープ・〆母にキングマンボを考えています。
手持ちに、フォティーナイナー・デインヒル・エーピーインディーがいるので、これを活用しようかなと考えています。
系統確立の際、繁殖牝馬入替?のタイミングが今一?です。ドステさんはどのように
していますか?宜しければ教えていただけませんか?
>m’tさん
油断大敵ですね。
おお、サードステージ〆ですね。
ストームキャットはともかく、ブライアンズタイムも意外と後押ししないと確立しないですよね。
上手く行くことを願っております。
>イチローさん
はじめまして。
いつも当ブログをご覧いただきありがとうございます。
エンドスイープにキングマンボとなると、ラインブリードを狙っているのでしょうか。
テスコボーイ系牝馬は仔だしの優秀な馬がいますが、特にお勧めはネーハイテスコですので、ダマスカスとの配合に活用すると良いかもしれません(既に使っているかもしれませんが)。
また、代重ね一回目で優秀な牝馬を手に入れるのはそこそこ難しいので、ダマスカスからはとりあえず能力に関係なく牝馬が生まれれば良しくらいの気持ちでいいかもしれません。
繁殖牝馬の入れ替えについてのご質問ですが、これは確立の目処が立った時点で入れ替えると良いと思います。
種付けから最短で4年後に産駒が種牡馬入りしていくので、それを計算に入れて繁殖の入れ替えをすると効率が良いです。
確立の目処をどう立てるかが問題なのですが、これは経験が大きいと思います。
私の目安としては、種牡馬が10頭以上、種付け料総計5000万~6000万以上が最低ラインとして見込んでいて、その時のその地域の総種付け料をざっと見て判断しています。
以上、ご質問の答えになっているか分かりませんが、参考になれば幸いです。
おはようございます。
アドバイス頂きありがとうございます。
繁殖の入れ替えについて、対象馬の選定が課題ですね。
ラインブリードを狙っているというか、知っている馬だったので・・・。
また、ドステさんのサイトを参考にしながら、プレイしていきます。
高速逃げ付いたの始めて見ました。
某掲示板でも直一気しか付いたことない、高速逃げは見たこと無いとの情報ばかりでしたので。
直一気は差しのポジションでも経験値入りそうですが、高速逃げは4角で逃げてないと経験値が入らないから付きにくいんじゃないかと推察してました。
また他の特性で枠が早く埋まったりしますしね。
貴重なものが見れました(笑)
>イチローさん
そうだったのですね。
キングマンボ、エンドスイープ、フォーティナイナーというラインナップですと、ラインブリードやインブリードが成立すると思います。
特にインブリードには気を付けてください。
濃いインブリードですと、幾ら爆発力が高くても駄馬しか産まれなくなってしまいます(危険度が高い配合になる)。
>通りすがりさん
私もどういう条件で付くのか良く分かりませんが、高速逃げは相当強力な特性なだけに、狙って付けられるようになれば、ある種革命的な攻略法になるかもしれませんね。
こんばんは。
貴重なアドバイスありがとうございます。
キングマンボは切り離して構築を再検討します。ドステさんは、繁殖牝馬選びはどのようにしていますか?何か効率的な方法はないものかと考えています。
>イチローさん
私は日記のプレイにあるように専ら血統を重視していまして、配合理論をどのようにして組み込むかを前提にして繁殖牝馬を選んでいます。
いわば、ゴールから逆算して選んでいることになります。
そうではなく単純に、走る産駒を得たいということであれば、血統(配合理論)、能力(SPとサブパラ)、仔だしの3つを重視すると良いのではないでしょうか。
血統は可視ですし、能力は所有すれば分かります。
仔だしはマスクパラメータですので分かりませんが、10月1週にDr.リシャというキャラが教えてくれる繁殖牝馬は仔だしが高いことが多いようです。
さらに仔だしについては、同じ血統の牝馬が複数いる場合、同一の種牡馬との配合評価である程度確認することが可能です。
全く同一の配合で配合評価が高くなる牝馬は、仔だしが高いです。
あとは、史実で名馬を複数生んだ繁殖牝馬は、軒並み高い仔だしを誇っていることが多く、お勧めです。
例えば、パシフィカスやダンシングキィなどが有名です。
そんな感じで、自家生産馬で無ければ、優秀な牝馬はある程度決まっているので、当ブログのお勧め繁殖牝馬の記事や他攻略サイト様などに載っている牝馬を参考にされるのが良いかもしれません。
今晩は。
丁寧なアドバイスありがとうございます。
ウイポは奥が深いですね。色々な楽しみ方がありますね。試行錯誤しながら頑張ります。
現在1989年12月 分場 繁殖牝馬20頭収容可能になりました。翌年は世界頂上ラウンド米国編です。